五感に響く、言の葉。

心の扉がひらく山での出逢い

 

いつもはちょっと人見知りな私が、ひとりで山にのぼってみた。

 

電車に乗ったとき、隣に座っている人に突然声をかけることはめったにない。
仕事の交流会で、参加しているみなさんに向かって先陣をきって話すことはまずない。

 

自分から話しかけられるようになるのは、

時間がたって環境に慣れてきたときと

カメラという武器を持って人の魅力を惹きだしているときくらい。

ところが、そんなちょっと人見知りな私でもひとたび山にはいると

すれ違う人にあいさつをしたり、休憩している人とお話をしたり、

自分からどんどん声をかけている。

山で友達と一緒だと友達とばかり話してしまうが、ひとりだとすこぶる社交的になるのだ。

 

過日のひとり山のぼりを思いおこすと、山の中では社交的な私が顔をのぞかせていた。

 

筑波山にのぼったときのひとこま。
あと10分ほどでてっぺん!というところでベンチをみつけ腰をおろした。

すると先に休んでいらしたおじさまが声をかけてくれた。

「ぼくはイノシシに3回あったことあるんだよ」

「え〜?」と驚く私に

「このルートじゃなくてね、もっと人のこない奥のルートだけど」と、

”オチ”つきの話から知らないルートの話まで、たわいもない会話が疲れたからだを癒してくれた。

 

金時山では同じくらいのペースで歩いていたおじさまと何度かすれ違い、

そのたびに挨拶をしていた。

休憩所で一緒になり会釈して会話がはじまった。

その先の山に挑戦するかどうか迷っていたので相談してみた。

「距離はそこそこあるかな。いけると思うけど、眺望がないんだよね」といわれ、

いくのをやめた。下山の道のりもまだまだあったのでやめて正解だった。

山のぼり初心者の私に、経験者のアドバイスはとてもありがたい。

 

金時山をおりると、近くにあるバス停で私の前にバスを待っていた女性が

「おりている姿が素敵でした」とほめてくれた。

疲れが吹っ飛ぶほめことばに、会話がはずむ。

その女性は中学生のとき富士山にのぼったらしく

「すご〜い!」と、さらに山談義に花が咲いた。

 

ひとりだと自分のペースでのぼれるし、時間も自由だし、

気ままな山のぼりをたのしめる。

そのうえ、初めましての方とわけへだてなく会話でき、

ひとりの不安がいつの間にかなくなって、

代わりに小さな知識や出逢いがどんどん増えていくおまけつきだ。

 

日常生活では相手の顔色をうかがったり、

自分がどう思われているか考えることばをのみこんでしまい

ことばの威力に自分が負けてしまう場面も多々ある。

 

でも、山では違う。

 

年齢や置かれている環境、立場などはまったく関係ない。

しんどい山のぼりを乗りこえたいわば同志で、たたえあうのがあたりまえなのだ。

山は絶景に出逢えるだけではなく、人と人とが垣根をこえてふれあえるやさしい空間。

山の大きな懐の中で、人は安心して心の扉をひらけるのかもしれない。

 

人に話しかけるのが苦手な人見知りさんこそ

ぜひ、ひとり山のぼりにチャレンジしてみてほしい。

もちろん、安全が最優先で!!