五感に響く、言の葉。

そばにいるだけで安心する vo.2<日本刺繍作家 田中京子さんインタビュー>

 

学生時代に否定され封じ込めた想いが、ひとつの出逢いで大きく変わった田中さん。日本刺繍が田中さんにもたらしたものとは?

 

― 日本刺繍の特徴、他の刺繍との違いは何でしょうか。

「まずは絹糸を使うことですね。着物とともに発展してきたので着物生地にあうような図案と材料は、他の国の刺繍にはないと思います。特に日本刺繍は” 撚り”のかかっていない絹糸を自分で撚って使うため、糸の太さが変わり表現の幅を広げてくれます。自分で撚る表現方法は他の国の刺繍にはない日本刺繍の特徴であり魅力だと思います。私は撚った絹糸の触感もとても好きです。

 

 

もともと日本刺繍は中国から仏教とともに伝えられ、高位の人々に取り入れられていましたが、江戸時代から徐々に一般の庶民も扱うようになりました。一般の庶民に広がったのは女学校で行うようになってからだと思います。女子がお手に職をつけて自立した生活を送れるよう女子教育に組み込まれたそうです」

 

― 日本刺繍について伺うと、熱く語ってくださる田中さん。大学時代に日本刺繍を選択した理由は何でしょうか?

「考古学をめざしていたのですが、母親に反対され学校選びは半ば母に従ったようなものです。ただ日本刺繍は歴史もあり、もともと絵を描いたり物を創作したりするのは好きだったので興味を持てたのだと思います」

 

― なるほど、考古学がお好きだから日本刺繍の歴史にも熱い想いを抱かれるのですね。納得です。では、日本刺繍にこだわってきた理由は?

「落ちこぼれだったのでしがみついていたのですよね(笑)。

これを手放したら何もないと思いましたから。

自分に唯一あるものでした。学生のときから始めて40年、これほど長くつづいているものは他にないから、やれるところまでいきたいなって。意地になっていたのかも知れないですね」

 

― 理由はどうあれ辞めずにつづけるのは、強い意志がないとなかなかできないと思いますよ。40年とは素晴らしいです。

「確かに、同級生にも『よくつづけているよね』といわれました。

そう思うと好きなのかなあ。好きだからやっているとはいいきれないですが、思い返してみるとやはり好きなのだろうなあと思いますね」

 

― 刺繍作家をつづけてきて得られたものはありますか?

「人のご縁ですね。何より褒めてくれる人との出逢いはひとつの自信になりました。褒められたかったのでしょうね、きっと。

何かを作るって自分との向き合いだから、正解という終わりはこないのですよね。だから自分で終えると決めないと終わらない。まさに修行でもあります」

 

 

― 日本刺繍を手がける上で大切にしていることは?

「気分が落ちたときはやらない。あとは撚った糸がボサボサにならないように細部まで気をつけます。ほら、ネットだと拡大してみるから目立つでしょ(笑)」

 

― Tシャツに日本刺繍をするとき抵抗はありませんでしたか?

「なかったですね。ただ、周りから『なぜTシャツに?』といわれたときは、逆になぜダメなのかを聞きたいと思いましたよ。着物や帯のように高価で綺麗なものにする人はたくさんいます。でもTシャツに日本刺繍の技法を使っている人はいないし、逆にTシャツに刺すのは難しいと思います」

 

― 難しいからこそ挑戦したのですね?

「はい、むしろワクワクしました」

 

― やはり型にハマらない自由さが田中さんの持ち味ですね。やめようと思ったことはなかったですか?

「何度もありますよ。たとえば子育てしているときとか。落ち着かないし集中できないからいいものも作れない。そんなときは何度も『やめよう』と思いました。でも落ち着くのですよ。そばにあるだけで安心する。やるつもりはないのに旅行にも持っていきます」

 

― 環境が落ち着かないとできないけれど、そばにあると落ち着くのですね。やはり好きなのでしょうね。田中さんにとっての心の充実感とは何でしょうか?

「心の中が熱くなるものですね。若いころは毎日が楽しく、『今日は何をしようかな』っていつもワクワクしていました。個性的な服や雑貨が好きでよくお店に出かけていましたね。今はうちの中にいる方が落ち着きます」

 

― 事業や物事において、迷ったときや決定しなければならないときは何を基準にしていますか?

「人に相談します。これまでは勢いで決めてきたけれど、痛い目にもあいましたので(笑)。人に相談し違う角度からみるようにするのも大事だなと思います」

 

― 今、仕事でストレスや迷いがある方へ何かメッセージをお願いします。

「やりたくないならやらなきゃいい!これにつきます。

もし、悩んだときはむしろ何も考えず、嵐が過ぎるのを静かに待つ。私はそうして克服してきました」

 

― これからの目標や夢はお持ちでしょうか?

「海外に挑戦したいとはずっと思っていて。どの国がいいかなと模索しています」

 

<インタビューを終えて>

学生時代に抱いた窮屈な想いが、ふと現れた日本刺繍によって少しずつ解き放たれていく。

好きとは、はじめからこれだ!と感じるときもあれば、ふりかえってみて改めて感じるときもある。まるで一目惚れで焦がれた恋と、時間をかけて育んだ愛のようだ。

ずっと夢中だったというよりも、あるのがあたりまえで気がつくとなくてはならない存在になっている。時に遠ざけても再び戻ってくる。

 

切っても切れない縁が日本刺繍と田中さんにはあるように感じた。

 

自分は何が好きなのかわからなくても、

なんとなくでも日々つづけているなかにきっと『好き』は潜んでいる。

無理に自分の『好き』をみつけようとしなくても、ちょっと安心する日々の居場所を大切にしていれば、いつかひょっこりとあなたの前に顔をだすかも知れません。

 

あなたの一日をちょっとみつめてみませんか?

ゆっくりお茶でものみながら。

 

日本刺繍彩葉 -IROHABARI

https://kyoko-tanaka.com/